2026年に入ってからも、国内の製造業でサイバー攻撃による業務停止と情報漏えいの公表が続いています。冷凍食品の出荷が11日間止まったニチレイ、復旧に半年を要し被害額が数百億円規模に達したアサヒグループホールディングス、約8.8万件の情報漏えいのおそれを公表した村田製作所など、生産・物流・受発注の基幹を直撃する事例が目立ちます。
本記事では、2026年に公表された国内製造業の主な事例を時系列で整理し、各事例の侵入経路・影響・復旧までの経過を各社の公表資料と報道に基づいてまとめます。そのうえで、事例に共通する弱点と、製造業が優先して取り組むべき対策を解説します。業種横断の事例はサイバー攻撃の最新事例【2026年版】業種別被害と対策まとめを参照してください。
※本記事の事実関係は2026年8月末時点の各社公表資料・報道に基づきます。調査継続中の事案は今後内容が更新される可能性があります。
1. 2026年、製造業はなぜ狙われ続けるのか(数字で見る現状)
警察庁が2026年3月に公表した「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」によると、2025年に警察へ報告されたランサムウェア被害は226件で、前年(222件)と同水準の高止まりです。業種別では製造業が約4割を占め、被害組織の約6割は中小企業でした。侵入経路はVPN機器が6割以上、次いでリモートデスクトップです。復旧に1か月以上を要した組織が約半数、復旧費用が1,000万円以上に達した組織が5割を超えています。
IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」でも、組織向け脅威の1位は11年連続で「ランサムウェアによる被害」、初登場の「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が3位に入り、サプライチェーンの弱点を悪用した攻撃も引き続き上位です。
指標 | 2025年(令和7年)の実績 | 製造業への含意 |
|---|---|---|
ランサムウェア被害報告件数 | 226件(前年222件) | 減っていない。報告に至らない被害はこの数倍とみるべき |
業種別の割合 | 製造業が約4割で最多 | 生産停止が身代金の交渉材料になるため標的になりやすい |
企業規模 | 中小企業が約6割 | 部品・素材メーカーなど、専任担当者がいない企業が主戦場 |
侵入経路 | VPN機器が6割以上、次いでリモートデスクトップ | 工場・拠点の保守用VPNと外部公開機器の更新が最優先 |
復旧期間・費用 | 1か月以上が約半数、1,000万円以上が5割超 | 「止まる前提」で手作業出荷・代替連絡の手順を用意する |
製造業が狙われる理由は単純で、生産ラインや出荷が止まると損失が日単位で積み上がり、攻撃者から見て身代金を払う動機が強い業種だからです。加えて、工場には更新が止まった保守用VPNや古い制御用端末が残りやすく、侵入口が多いという事情があります。
2. 2026年に公表された製造業の主なサイバー攻撃事例(時系列)
2026年1月から8月までに公表された主な事例を、公表時期の順に並べます。攻撃自体が2025年に発生し、2026年に被害の全容や金額が明らかになった事例も含めています。
公表時期 | 企業 | 事象 | 主な影響 |
|---|---|---|---|
2026年1月 | 日産自動車 | 委託先経由の不正アクセス。ランサムウェアグループEverestが犯行声明 | 日産のシステム侵害の証拠は確認されず(4月1日時点)。委託先側の被害に限定 |
2026年2月2日 | ホソカワミクロン | ランサムウェア攻撃。Everestが30GBのデータ窃取を主張 | クラウドストレージ経由で個人情報が漏えい(3月27日最終報) |
2026年2月13日 | サカタのタネ(米国子会社) | 子会社サーバーへの攻撃。Qilinが犯行声明 | 一部情報の漏えいの可能性 |
2026年2月19日 | アドバンテスト | 2月15日に異常を検知、ランサムウェア展開の可能性 | 中核業務は稼働継続。業績への重大な影響なしの見込み |
2026年3月6日 | 村田製作所 | IT環境への不正アクセス(2月28日認識) | 約8.8万件の個人情報漏えいのおそれ(4月27日第3報) |
2026年3月13日 | 日本スウェージロックFST | ランサムウェア攻撃で社内ネットワークに障害 | 3月10日午後から電話・メール・FAXが不通、受注・出荷を含む全業務を停止 |
2026年7月13日 | ニチレイ | 不正アクセスによるシステム障害 | 冷蔵倉庫の入出庫と冷凍食品の出荷が停止。7月24日に全拠点で通常稼働 |
2026年7月(被害額公表) | アサヒグループホールディングス | 2025年9月29日のランサムウェア攻撃(Qilin) | 全商品の出荷再開は2026年4月7日。漏えいのおそれ約228.9万件、システム障害関連費用約170億円 |
3. 主要事例の詳細:何が起き、どう止まり、どう戻ったか
ニチレイ(2026年7月):冷凍食品の物流が11日間止まった
2026年7月13日午前6時50分ごろ、ニチレイグループのシステムで不正アクセスによる障害が検知されました。影響を受けたのは、ニチレイロジグループ各社が担う冷蔵倉庫の入出庫業務と、ニチレイフーズが担う冷凍食品の出荷業務です。7月17日から業務を順次再開し、7月24日に全拠点で平常時の通常稼働に戻ったと公表されています。
報道によれば、ニチレイの物流網を利用する取引先は約5,000社に及び、外食チェーンやスーパー、生協、学校給食にまで供給の遅れが波及しました。7月15日の第2報では影響を受けたサーバーに個人情報が保管されていたことが判明し、8月には攻撃者側が窃取したと主張するファイルを公開、8月14日の第6報で従業員情報の漏えいが確認されています。
この事例の教訓:自社の物流基幹システムが止まると、取引先5,000社の事業継続計画が同時に発動します。自社のBCPが「取引先のBCP」でもあることを前提に、手作業での入出庫・出荷手順と取引先への一斉連絡手段を平時に用意しておく必要があります。
アサヒグループホールディングス(2025年9月攻撃・2026年に被害額が確定):復旧まで半年、費用は数百億円規模
攻撃は2025年9月29日午前7時ごろに実行され、同日11時ごろのネットワーク遮断で封じ込められました。2026年2月18日の公表では、障害発生の約10日前に拠点のネットワーク機器を経由して社内ネットワークに侵入され、データセンターで管理者権限を奪われていたとされています。ランサムウェアグループQilinが犯行声明を出しました。
受注・出荷に関するシステムが停止し、国内のビール6工場は2025年10月2日に手作業で生産を再開、電子受発注システム(EOS)の受注再開は12月2〜3日、物流業務の正常化は2026年2月、全商品の出荷再開は2026年4月7日でした。攻撃から半年以上かけての復旧です。
個人情報については、2026年2月18日時点の約191.4万件から、7月17日に「漏えいのおそれ」約228.9万件へ上方修正されました(お客様相談室152.5万件、取引先37.8万件、従業員家族16.2万件、社外関係先11.7万件、従業員10.7万件)。実際に漏えいが確認されたのは従業員5,117件と取引先110,396件の計115,513件です。財務面では、2025年12月期決算でシステム障害関連費用が約170億円、日本・東アジア事業の事業利益は前期比214億円減(16.1%減)となり、2026年も広告販促の追加費用約60億円と情報セキュリティ費用約35億円が見込まれています。
この事例の教訓:侵入から発症まで約10日の潜伏期間があり、この間に管理者権限が奪われていました。ネットワーク機器の脆弱性管理と、データセンター内の特権アカウントのパスワード運用が被害規模を分けています。詳しい侵入経路の傾向はランサムウェアの侵入経路ランキングと企業が今すぐやるべき5つの対策で解説しています。
村田製作所(2026年3月公表):部品メーカーは「顧客企業の情報の集積点」
村田製作所は2026年2月28日に不正アクセスの可能性を認識し、3月1日から本格調査を開始、3月6日に公表しました。4月27日の第3報では、メールアドレスなどの個人情報を含む約8.8万件のデータが流出した可能性があると発表され、報道によれば内訳は顧客・取引先に関する情報約1.5万件と従業員に関する情報約7.3万件です。
この事例の教訓:電子部品メーカーは、取引先である完成品メーカーの担当者情報や図面・仕様のやり取りを大量に保持しています。自社の漏えいが取引先の機密や担当者の連絡先流出に直結するため、顧客企業からの説明要求への対応も含めた開示体制が必要です。
ホソカワミクロン(2026年2月):本体ネットワークとは別の「補助的クラウド」から漏れた
粉体機器メーカーのホソカワミクロンは2026年2月2日にサイバー攻撃を受け、同日にランサムウェアグループEverestが30GBのデータを窃取したと主張しました。3月27日に公表された最終報では、補助的に利用していたクラウドストレージサービスの1アカウントへの不正ログインが確認され、そこに保存されていた個人情報を含むファイルが漏えいしたとされています。
この事例の教訓:社内ネットワークを守っていても、部門が補助的に使うクラウドストレージのアカウント1つが漏えい経路になります。SaaSアカウントの台帳化と多要素認証の徹底が、ネットワーク境界の防御と同じ優先度になっています。
日本スウェージロックFST(2026年3月):電話・メール・FAXが全て落ち、取引先に連絡できない
産業用継手・流体制御機器を扱う日本スウェージロックFSTは、2026年3月10日午後から社内ネットワークの不具合により電話・メール・FAXが不通となり、受注・出荷を含む全業務を停止しました。3月13日にサーバーがランサムウェア攻撃を受けたことを公表し、その後、出荷業務を順次再開しています。
この事例の教訓:業務システムだけでなく通信手段まで同時に失うと、取引先への状況説明すらできなくなります。社内ネットワークに依存しない代替連絡手段(携帯回線のスマートフォン、別ドメインのメール、Webサイトでの告知手順)を事前に決めておく必要があります。
アドバンテスト(2026年2月):検知から4日で公表、影響を局所化した例
半導体試験装置のアドバンテストは、2026年2月15日にIT環境内で異常な動きを検知して社内の危機管理体制を立ち上げ、影響を受けたシステムを隔離しました。2月19日の公表では、第三者がネットワークの一部に不正アクセスしランサムウェアを展開した可能性があるとしつつ、中核業務は問題なく稼働しており、2026年3月期の業績に重大な影響はない見込みと説明しています。
この事例の教訓:検知から隔離・公表までの速さが、生産停止と情報漏えいの規模を左右します。「異常を検知できる監視」と「隔離を即断できる体制」の2つが、被害を局所化した要因です。
日産自動車(2026年1月):自社は無傷でも「委託先経由」で名前が出る
2026年1月10日、ランサムウェアグループEverestが日産自動車から大量のデータを取得したと主張し、リークサイトに掲載しました。報道によれば侵入先は日産の社内システムではなく、北米のディーラー向けデータ処理を担う委託先のサーバーで、日産は4月1日に「日産のシステムや顧客情報が侵害された証拠は確認されておらず、被害は委託先に限られる」と説明しています。これに先立つ2025年12月にも、別の業務委託先への不正アクセスで約2.1万人分の顧客情報が流出した可能性が公表されていました。
この事例の教訓:自社のシステムが無傷でも、委託先の認証情報が漏れれば「自社名で」報じられます。委託先のアクセス権限・多要素認証・棚卸しを契約と運用の両面で管理する必要があります。対策の考え方はサプライチェーン攻撃とは?最新手口・国内事例・企業の対策【2026年版】にまとめています。
4. 事例に共通する3つの弱点
弱点1:侵入口は「本体」ではなく周辺にある
アサヒは拠点のネットワーク機器、ホソカワミクロンは補助的なクラウドストレージ、日産は委託先のサーバーが侵入口でした。警察庁の統計でもVPN機器が6割以上を占めます。本社のファイアウォールやEDRを固めても、工場・拠点の保守用機器、部門が契約したSaaS、委託先のアカウントが管理台帳に載っていなければ、そこから入られます。
弱点2:損失の中心は情報漏えいより「業務停止」
ニチレイは11日間、日本スウェージロックFSTは全業務、アサヒは全商品出荷再開まで半年です。アサヒのシステム障害関連費用約170億円の内訳は棚卸資産の廃棄・評価損、復旧人件費、広告販促のキャンセル費用で、いずれも「止まったこと」による損失です。製造業では漏えいの賠償より、生産・出荷停止の損失が桁違いに大きくなります。
弱点3:全容判明まで数か月、開示は複数回に及ぶ
村田製作所は第3報で件数を公表、アサヒは攻撃から10か月後に漏えい件数を上方修正、ニチレイは第6報で従業員情報の漏えいを確認しています。調査と開示は一度で終わらず、その間も取引先・株主・監督官庁への説明が続きます。初動で証拠を保全し、調査の見通しを含めて段階的に開示できる体制が問われます。
5. 製造業が優先すべき対策(優先順)
事例の弱点に対応する形で、着手する順番に並べます。
優先度 | 対策 | 具体的に何をするか | 対応する事例 |
|---|---|---|---|
1 | 外部公開資産とVPN機器の棚卸し・更新 | 工場・拠点の保守用VPN、リモートデスクトップ、公開サーバーを全て台帳化し、サポート切れ機器を更新。管理台帳にない資産はASMツールで発見する | アサヒ、警察庁統計 |
2 | 特権アカウントと委託先・SaaSの認証強化 | 管理者アカウントの多要素認証とパスワード更新、委託先アカウントの権限最小化と定期棚卸し、部門契約のクラウドストレージの台帳化 | アサヒ、ホソカワミクロン、日産 |
3 | OT/ITの分離と生産系の停止・再開手順 | 情報系が侵害されても生産系を切り離して稼働できる構成にし、切り離しの判断基準と再開手順を文書化する | ニチレイ、アサヒ |
4 | 「止まった時」の業務継続手順 | 手作業での受注・出荷、社内ネットワークに依存しない代替連絡手段、取引先への一斉通知の文面と経路を用意し、年1回は訓練する | 日本スウェージロックFST、ニチレイ |
5 | 検知と隔離を数日以内に行う体制 | EDRとネットワーク監視で異常通信を検知し、隔離を即断できる権限と連絡網を整備する。夜間・休日の連絡先を含む | アドバンテスト |
6 | 調査・開示の体制 | 証拠保全の手順、外部専門機関との契約、個人情報保護委員会への報告、取引先・株主向けの段階的な開示テンプレートを準備する | 村田製作所、アサヒ、ニチレイ |
OT環境の具体的な守り方は製造業のOTセキュリティ対策【2026年版】ランサムウェア被害急増の理由と実践ガイド、規格面の整理はIEC 62443とは?製造業が対応すべき国際セキュリティ規格の概要と認証取得ステップ、初動の手順はインシデントレスポンスとは?初動対応・手順・体制構築ガイド【2026年版】を参照してください。
6. よくある質問(FAQ)
Q. 大手ばかりが被害に遭っているように見えますが、中小の部品メーカーも対象ですか?
A. 警察庁の統計では被害組織の約6割が中小企業です。大手は公表義務と報道で目立つだけで、件数では中小企業が主体です。取引先の大手から見れば、部品メーカーは「侵入の踏み台」にもなるため、取引条件としてセキュリティ対策の提示を求められる場面も増えています。
Q. 被害に遭ったとき、最初の24時間で何をすべきですか?
A. 感染端末・サーバーのネットワーク切り離し、証拠(ログ・メモリ)の保全、経営層への報告と対策本部の設置、外部専門機関への連絡、取引先への第一報の4点です。バックアップからの復元は、侵入経路を特定しないまま行うと再感染します。順序の詳細はランサムウェア対策チェックリスト【2026年版・企業向け完全版】を参照してください。
Q. 身代金は払うべきですか?
A. 支払っても復号や非公開の保証はなく、公表事例の多くは支払わずに復旧しています。支払いは犯罪組織への資金提供になり、取引先や株主への説明も困難です。払わずに済む状態、つまり切り離されたオフラインバックアップと復旧手順を平時に用意することが対策の本体です。
7. 参考情報(一次情報)
- 警察庁「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」(2026年3月)
- IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」(2026年1月)
- アサヒグループホールディングス「サイバー攻撃被害の再発防止策とガバナンス体制の強化について」(2026年2月18日)、「サイバー攻撃に係る漏えいのおそれがある個人情報について」(2026年7月17日)、2025年12月期決算資料
- 株式会社アドバンテスト「サイバーセキュリティインシデントに関するお知らせ」(2026年2月19日)
- 村田製作所「当社のIT環境への不正アクセスに関するお知らせ」(2026年3月6日、第3報2026年4月27日)
- ニチレイ「当社グループでのシステム障害発生について」(2026年7月13日、以降第6報まで)
- 日本スウェージロックFST「ランサムウェア被害に関するお知らせとお詫び」(2026年3月13日)
- ホソカワミクロン サイバー攻撃に関する最終報(2026年3月27日)
AEVUSの製造業向けセキュリティ支援
AEVUSは、製造業のお客様に対して次の支援を提供しています。
- 外部公開資産診断・ペネトレーションテスト:工場・拠点の保守用VPN、公開サーバー、クラウド設定を攻撃者の視点で検証し、侵入口になる資産を特定します
- OT/ITネットワークの分離設計とプラットフォーム診断:生産系を切り離して稼働できる構成と、AWS・Azure・M365など基盤側の設定不備の是正を支援します
- SOC・インシデント対応:24時間365日の監視と、検知から隔離・初動までの対応を代行します
「自社の工場や拠点に、管理台帳にない公開資産がどれだけあるか」を把握するところから始めたい企業は、ペネトレーションテスト・外部公開資産診断のページをご覧いただくか、お問い合わせフォームからご相談ください。
まとめ
- 2025年のランサムウェア被害報告226件のうち製造業が約4割、被害組織の約6割は中小企業。侵入経路はVPN機器が6割以上
- 2026年はニチレイ(物流11日間停止)、アサヒ(出荷全面再開まで半年・障害関連費用約170億円)、村田製作所(約8.8万件)など基幹業務を直撃する事例が続いた
- 侵入口は本社ではなく拠点のネットワーク機器・補助的クラウド・委託先。損失の中心は漏えいより業務停止
- 優先順位は、外部公開資産とVPN機器の棚卸し → 特権・委託先・SaaSの認証強化 → OT/IT分離 → 止まった時の手順 → 検知・隔離体制 → 調査・開示体制